高校生の時、友人が真剣に言った。「私、時々一生懸命な自分を見ている冷静な自分がいるの。没頭している誠実な自分でありたいのに。」
今なら「おめでとう。物語を紡ぐ力がついたんだね」とでも言うかもしれない。
当時は「そんなのあたりまえじゃん」と言いたかったけれど、それではいかにも冷たいだろうと推察できたので何も言わなかった。
私には「外から見る目」があることが常態だった。8歳まで言語はドイツ語、思考は日本語だったので、世界と自分が一体ではないことが自明だった。自分だけの目で世界を観る、自由で当たり前の状態。
世界が「小さな物語」を押しつけてきたときに、「しょせんそっちの物語でしょ」と冷やかに対応してしまい、苦労することになるのは言語も思考も日本語になってから。
スモールピープルはコワいばっかりだったけど、大きな物語の一部で機能していればただの「ファミリー」だと思う。思想セクトが、大きな物語が終わったのにまだ残っていたからカルトになっちゃったって視点は短絡的すぎ(「リーダー」に至っては何の考察もない)。
そこからこぼれた個人を救済するのが「愛」であり、「奇跡」なんだと結論づけたようけど、この物足りなさはなんだろう…?Book3、あらすじだけでなくて1冊読むとまた違うのかしら?
…ということで、Book3を読んでみました。
「人身御供」の物語を、現代にあわせて男女共有の目線で語った、ということのよう。お互いを見つけ合う物語として。
感想を少し検索したら、救済された感覚を得ているヒトもちゃんといた。メッセージは届いているようだ。
でも。
「ポニョ」と違って、私以降の世代に必要な希望は提示されていないのです。これはあくまで旧世代の為の物語。
2010年12月26日日曜日
2010年9月20日月曜日
2010年5月23日日曜日
2010年5月22日土曜日
つっこまずにはいられない
BRUTUSポップカルチャー特集で
東 浩紀「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」が紹介されていた。
大塚英志の「物語消費論」に対する「データベース的消費」を知った。
どちらも、有史以来の日本の「輸入カルチャー消費文化」の一環やね。
東 浩紀「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」が紹介されていた。
大塚英志の「物語消費論」に対する「データベース的消費」を知った。
どちらも、有史以来の日本の「輸入カルチャー消費文化」の一環やね。
2010年5月21日金曜日
風評と芸能人のありかた
youtubeで動画サーフィンをした。
美輪明宏→木村藤子→飯島愛引退(金曜日のスマたち)
飯島愛の様子があまりに歯にものがはさまっていたので、引退の真相を知りたくてググってみたところ、一連のネット書き込みがあった。
そこから類推できたのは、飯島愛のヤンキー時代の仲間が「コンクリート詰め殺人事件」に関わっていたとの書き込みが激しくなって、飯島は番組に迷惑をかけないために早期引退を決意した。木村藤子さんは、「引退しなくても、踏みとどまればいい方に流れがいくから大丈夫」と伝えたかったけれど、かなわなかった、ということ。
真実は判断しようがないのでおいておくとして、
げにおそろしきは風評なり。
相手が一人ではないから。対応すると、その対応についてまた様々に解釈される無間地獄にはまるから・・・。
広報で「ネット」特に「2ch」は「放っておく」が鉄則だったのも、同じ理由からだ。
それで連想が飛んだのだが、
美輪明宏さんや江原啓之さんや義母(!)が「すてきな格好」をしていて、「宝飾品は魔よけになるのよ」と言う時の「魔」とは、ヒトをさす「魔」なのではないか?
原始以来、ヒトは宝飾品や権威の姿形を崇めてきた。現代でも、風評をたててひろめる衆生の多くは、そういった権威ある対象は敬遠する。
逆に弱いもの、社会的に疎外されているものに対して攻撃的になる。
愛ちゃんは元遊女で、しかも期限の切れた遊女として攻撃対象になってしまったんだね。
もう少しがんばったら美輪さんと同じ聖性が発現されたのかもしれないと思うと切ない。
こういう時「生まれてくるのは魂の修行のため」と思えるのは救いになるんだろうな。
美輪明宏→木村藤子→飯島愛引退(金曜日のスマたち)
飯島愛の様子があまりに歯にものがはさまっていたので、引退の真相を知りたくてググってみたところ、一連のネット書き込みがあった。
そこから類推できたのは、飯島愛のヤンキー時代の仲間が「コンクリート詰め殺人事件」に関わっていたとの書き込みが激しくなって、飯島は番組に迷惑をかけないために早期引退を決意した。木村藤子さんは、「引退しなくても、踏みとどまればいい方に流れがいくから大丈夫」と伝えたかったけれど、かなわなかった、ということ。
真実は判断しようがないのでおいておくとして、
げにおそろしきは風評なり。
相手が一人ではないから。対応すると、その対応についてまた様々に解釈される無間地獄にはまるから・・・。
広報で「ネット」特に「2ch」は「放っておく」が鉄則だったのも、同じ理由からだ。
それで連想が飛んだのだが、
美輪明宏さんや江原啓之さんや義母(!)が「すてきな格好」をしていて、「宝飾品は魔よけになるのよ」と言う時の「魔」とは、ヒトをさす「魔」なのではないか?
原始以来、ヒトは宝飾品や権威の姿形を崇めてきた。現代でも、風評をたててひろめる衆生の多くは、そういった権威ある対象は敬遠する。
逆に弱いもの、社会的に疎外されているものに対して攻撃的になる。
愛ちゃんは元遊女で、しかも期限の切れた遊女として攻撃対象になってしまったんだね。
もう少しがんばったら美輪さんと同じ聖性が発現されたのかもしれないと思うと切ない。
こういう時「生まれてくるのは魂の修行のため」と思えるのは救いになるんだろうな。
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